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中村(なかむら)やすひろ

1995.1.17

今日で、阪神・淡路大震災からちょうど15年。改めて、6400人以上の亡くなられた方々に心から哀悼の意を表します。

その時、私は仕事の関係でシンガポールに住んでいました。当時はインターネットをまだ使用しておらず、現地でテレビを付けたと ころ、いきなりKobe の街に多くの煙が立ち上がり、ビルが崩壊、高速道路も倒れている映像がトップニュースで流れていました。思わず、息を飲みました。急いで実家(和歌山)に 電話をするも、電話が全くつながらず、いったい何が起こったのか、海外にいながらも大変な不安を感じたことを鮮明に覚えています。

そういった状態でありながらも、地域の方々が懸命に助け合い、涙ぐましい奮闘努力をされている様子がシンガポールの最大手の新聞、The Straits Times にも紹介され、大変悲しい出来事の中にも、希望を見出せる思いをしました。

この震災を通して、建物の耐震化や防災体制、また地域での救援体制の整備など、全国的に震災対策が一気に進みました。

私は前の議会で、「いざ」という時、少しでも被害を少なくできるよう、また杉並区においても、しっかりと必要な業務を継続できるよう、BCP(業務継続計画)の策定を提案しました。(参考) 杉並区としては、インフルエンザバージョンのBCP を今年1月に、震災バージョンは3月に策定予定です。

写真は、杉並区役所2階ロビーで行われている「阪神・淡路大震災写真展」のものです。