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中村(なかむら)やすひろ

『1945.8.6』 視察報告

9月2日と3日の2日間、広島市と呉市へ会派の議員と視察に行ってきました。

8月6日、『広島平和学習 中学生派遣事業』で、杉並区の中学生が広島での平和記念式典に参加するなど「平和」の大切さを学んできました。この平和学習を区に提案し、実現したのは区議会公明党です。

今回、その行程をなぞる形で、広島市立本川小学校平和資料館 、広島平和記念資料館、呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)、海上自衛隊歴史館(てつのくじら館) の4か所を訪問しました。

◆ 本川小学校平和資料館

この小学校は、昭和20年8月6日の原子爆弾投下の際、爆心地にもっとも近い学校として大きな被害を受け、10名の教職員と約400名の子どもたちの尊い生命が一瞬で奪われました。下の写真は焼け野原となった市街地の模型です。中央の原爆ドームから、川の対岸にあるL字型の建物が、小学校です。

下は、被害を受ける前の校舎です。昭和3年に建築され、広島では初めての鉄筋コンクリート3階建てです。当時では最先端の洗練された校舎で、毎日大勢の子どもたちが、元気に通い、勉強に励んでいたのでしょう。

爆風をまともに受けた校舎は、窓枠は吹き飛び、壁は折れ曲がりました。運動場で遊んでいた児童たちは一瞬にして真っ黒に焦げ、強烈な爆風で吹き飛ばされました。教室の児童たちは窓ガラスの破片を体に浴び、炎に包まれ、逃げることができませんでした。生存者は、6年生の女子児童と女性教諭の2名のみでした。

『はだしのゲン』(作:中沢啓治)に登場する学校は、この小学校がモデルとなっています。

案内をしていただいたボランティア(写真中央で本を持っている女性)の方は、今は亡きお母様が被爆をされ(6人家族で1人だけ生き残ったそうです)、本人とお子さんも本川小学校の卒業生だそうです。

◆ 呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)

呉は、戦艦「大和」を建造した軍港で、日本一の海事工廠のまちとして栄えました。館内に入ると、10分の1のスケールで忠実に再現した「大和」の模型が迎えてくれました。

10分1 でも、この迫力です。

「大和」は、構造がきわめて複雑です。今から80年以上も昔に、緻密な計画、厳しい進捗管理、徹底した機密保持の製造現場を構え、これだけの艦船を製造した日本の技術に率直に驚くとともに、感銘を受けました。

しかし、そうした知能と技術の粋を集めた「大和」は、全国から選りすぐりの3000名の優秀な若者とともに、海底に消えてしまったのです。

◆ 海上自衛隊呉資料館(てつのくじら館)

大和ミュージアムの向かいに位置しています。潜水艦と掃海に関する展示があり、海上自衛隊に対する理解の促進と地域との共生に貢献することを目的とした資料館です。海上自衛隊の潜水艦部隊や掃海部隊の活動内容が分かりやすく説明されています。機雷など海中の危険物を取り除き、航路の安全を確保するなど、掃海部隊は重要な任務を担っています。すでに用途廃止となった実物の潜水艦(写真)の中に入り、内部の活動状況や、船員の生活状況等を見ることができました。

◆ 広島平和記念資料館

2019年4月にリニューアルオープンした後は、初めての訪問です。

入ってすぐ、広島の街を鳥の目線のように上空から眺めたパノラマがありました。原子爆弾が投下される前後の状況をプロジェクション・マッピングで再現しています。緑豊かな街の中心が閃光に包まれ、一瞬で爆風が広がり、煙に覆われます。爆風や真っ黒な煙の動きをリアルに感じました。

市街地のほぼ中心の上空600メートルで爆発がおきました。爆心地から半径2キロメートル以内の地域はことごとく焼失。市内の約7万6000戸の建物のうち約92パーセントが被害を受け、1945年12月末までに約14万人が亡くなりました。

爆心地周辺の地表面の温度はセ氏3000~4000度に達するけたたましい熱線、直射を受けた人はほとんどが即死。爆心地から500メートルで1平方メートル当たり約11トンに及ぶ爆風は、人々を吹き飛ばし、木造家屋をなぎ倒しました。そして、放射線による被爆被害。

被爆の実相の展示では、あの日、立ち上がるきのこ雲の下で何があったのか。被爆者の遺品や被爆の惨状を示す写真や資料が多数展示されていました。まさに地獄絵でした。涙が止まりませんでした。

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改めて、核兵器の脅威と、戦争の残酷さを心に刻みました。この街には、笑顔で暮らし、懸命に働き、明日を楽しみに生きていた庶民が何十万といたのです。罪のない人たちの幸せを、一瞬にして無残に奪い去る権利など、誰にもありません!

今年は6月に核兵器禁止条約の第1回締約国会議、8月にNPT(核不拡散条約)再検討会議が行われました。そして来年、G7サミットが広島で開催されます。核のない世界への歩みが着実に進んでいくことを切に願います。